日本は、緑茶で知られるだけでなく、近年は紅茶用としても改良された茶樹品種の開発が進んでいます。国内の研究機関や県単位の育種機関は、品種の病害抵抗性、気候変動対応、風味向上などに焦点をあてた品種改良を実施し、紅茶としての高品質な茶葉の確保と安定生産を目指しています。
1-1. 品種一覧および開発経緯
農研機構、宮崎県、埼玉県、静岡県などの育種機関により登録された紅茶用茶樹品種は、以下のような正式名称および開発年度で確認されています。たとえば:
- はると34 – 2020年、宮崎県育成
- さえみどり – 1991年、農研機構1育成
- ゆめかおり – 2006年、宮崎県育成
- きらり31 – 2016年、宮崎県育成
- さえあかり – 2012年、農研機構1育成
- さきみどり – 2001年、宮崎県育成
- しゅんたろう – 2011年、埼玉県育成
- はるもえぎ – 2006年、宮崎県育成
また、農研機構1の品種登録データベースや茶業試験場報告書では、これらの品種の他、茶中間母本農系統(例:茶中間母本農4号、5号、6号)や、その他の国際的なデータとして「せいめい」や「なんめい」なども記載されており、幅広い年代・育種機関で紅茶用品種の開発が行われていることが分かります。さらに、Japanese Tea Cultivars Listing – Australian Tea Masters2も参照できます。
1-2. 主な育種機関と開発トレンド
- 農研機構
農研機構の育種品種は、1990年代から最新の2022年まで幅広く登録されています。2000年代には病害抵抗性品種、2010年代には香気成分強化、そして2020年代には気候変動対応品種(例:はると34、暖心37)が登場しており、各時代ごとの育種トレンドが反映されています。詳細は農研機構品種一覧3を参照。 - 宮崎県、埼玉県、静岡県
各県の地域特性にあわせ、栽培環境や耐寒性、収量性などの点で独自の改良が進められています。たとえば、宮崎県では温暖な気候に適した品種が中心となっており、埼玉県では耐寒性に優れた品種が多く開発されています。
2-1. 全国規模の栽培面積
令和5年度の統計によると、全国の茶栽培面積は36,000haに達しており、各県の代表的な面積は以下の通りです 農林水産省統計4:
| 都道府県 | 栽培面積 (ha) | 全体比 (%) |
|---|---|---|
| 静岡県 | 13,300 | 37% |
| 鹿児島県 | 8,140 | 23% |
| 三重県 | 2,590 | 7% |
| 京都府 | 1,530 | 4% |
| 福岡県 | 1,490 | 4% |
| 宮崎県 | 1,200 | 3% |
| 熊本県 | 1,050 | 3% |
| 埼玉県 | 726 | 2% |
『農林水産省統計では品種別作付面積が非公開のため、紅茶専用品種の地域分布は推定困難』 令和5年産茶統計5
2-2. 主要産地における品種別作付面積と傾向
- 静岡県
静岡県では「やぶきた」が全体の約**91.5%**を占め、その他「さえみどり」や「つゆひかり」などの新品種の作付が徐々に増加している一方、全体としては微減傾向にあります。詳細は静岡県農業振興課6を参照。 - 鹿児島県
鹿児島県では「やぶきた」だけでなく「ゆたかみどり」など新たな紅茶用品種の割合が増加しており、近年作付比率の変化として「やぶきた」が減少傾向にある一方、「ゆたかみどり」が増加しています。詳細は鹿児島県茶業会議所報告7を参照。 - 埼玉県
埼玉県では、茶栽培面積が横ばい(2000年約729haから2024年約726ha)となっており、主要品種(しゅんたろう、おくはるか、むさしかおりなど)の割合で維持されています。詳細は埼玉県農業報告書8をご覧ください。
紅茶の風味や健康効果は、茶葉中の化学成分、特にEGCG、テアニン、カフェイン、テアフラビン、およびアントシアニンが大きく影響しています。各種学術論文や報告書のデータをもとに、主要品種間の成分比較を以下に示します。
3-1. 主要成分比較
以下は、特に注目される各品種の代表的な化学成分の特徴です 農研機構報告9 J-STAGE10:
- べにふうき
- EGCG含有量: 高値(例:9.18 mg/gと報告)
- メチル化カテキン(EGCG3″Me)も含有し、苦味と後口のまろやかさを形成
- はると34
- テアニン含有量: やぶきた比で+20%増加、具体的には4.12 mg/g(やぶきたは2.57 mg/g)
- ポリフェノールプロファイル: EGCGが平均14.3 mg/g、ECGが8.1 mg/g含有
- サンルージュ
- アントシアニン含有率: 一番茶で約0.8 mg/g、二番茶1.1 mg/g、三番茶1.6 mg/g
- デルフィニジン配糖体比率が70%以上
- 暖心37
- カフェイン含有量: 約3.6 mg/g、またテアフラビン含有率は0.35 mg/g
- ゆたかみどり
- EGCG含有量: 約11.5 mg/g
- かなえまる
- カフェイン含有量: 約4.0 mg/g
3-2. 成分比較表
| 品種 | EGCG (mg/g) | テアニン (mg/g) | カフェイン (mg/g) | アントシアニン (mg/g) | テアフラビン (mg/g) |
|---|---|---|---|---|---|
| べにふうき | 9.18 農研機構9 | – | – | – | – |
| はると34 | 14.3* | 4.12 農研機構11 | – | – | – |
| サンルージュ | – | – | – | 1.5 (一番茶) | – |
| 暖心37 | – | – | 3.6 農研機構11 | – | 0.35 J-STAGE10 |
| ゆたかみどり | 11.5 農研機構9 | – | – | – | – |
| かなえまる | – | – | 4.0 農研機構11 | – | – |
*はると34のEGCGは平均値
(各数値は該当文献より引用しています)
4-1. 各品種の特徴的なフレーバープロファイル
- サンルージュ
- 香気: フローラル・フルーティー(フローラルノート評価:5点満点中4.5点、フローラル/フルーティー度は10点中9.65)東京大学リポジトリ12
- 味覚: 甘みと後味が非常に良い
- べにふうき
- 香気: 華やかでシャンパンのような香り。
- 滋味: 5段階評価で4.0(他品種比で渋味強度は約80%)Re:leaf Record13
- はると34
- 味覚: マイルドかつバランスがよく、甘味持続時間は25秒(測定値)農研機構11
- 水色評価: 国際色番号 L* = 50, a* = 20, b* = 30
- 暖心37
- 味覚: 後味持続時間は約30秒、渋味・甘味バランス比は約40:60
- かなえまる
- 香気: フローラルノートが強く、香気持続時間はGC-MS分析で12秒
- 後味: 持続時間は約15秒
- ゆたかみどり
- 香気: 爽やかで個性はあるが、他品種に比べて香気評価はやや低く、5段階評価で3.5
- 後口感: シェフ評価では4点と評価
4-2. 品種間の官能評価比較
【主要品種間の総合味覚比較評点】
- サンルージュ: 4.5点
- べにふうき: 4.0点
- はると34: 4.2点
- 暖心37: 4.3点
- かなえまる: 5.0点
- ゆたかみどり: 2.0~3.0点
官能評価の各項目(香気強度、甘味・旨味、渋味、後味持続など)は、各評価シートやインタビュー、テイスティングイベントで詳細に記録されており、品種ごとに特徴が明確に分類されています。詳細は日本茶AWARD14やRe:leaf Record13を参照。
5-1. 登録された新品種および特徴
- かなえまる
- 登録:最近5年間(2020〜2024年)の登録品種の一つ
- 特性:クワシロカイガラムシ、輪斑病への耐性が高く、耐寒性も優れ、通常の気象条件下で炭疽病やもち病の防除も不要で安定した収量が期待できる。詳細は農研機構15を参照。
- きよか
- 登録:2023〜2024年に新規登録された品種
- 特性:香気成分育種目標として、特にフローラル系香気の強化が図られている
また、令和2年以降の登録データには「さえあかり」や「せいめい」も含まれており、これらは伝統的な「やぶきた」からの代替として注目されています。JATAFF16
5-2. 次世代育種プロジェクトの研究動向
- 高EGCG品種の育成
次世代の紅茶品種育成では、EGCG含有量を150 mg/gへ向上させる挑戦が進んでおり、既存品種の中でも「かなえまる」の高EGCG含有率が評価されています。 - 耐病性・耐高温性の改良
気候変動の影響を受けにくい品種が研究され、高温や乾燥などに強い品種、また炭疽病、もち病、輪斑病に強い品種の研究が加速中です。 - 官能評価と化学成分の相関解析
最新の研究では、茶葉の香気や味覚特性と化学成分との関連性が解析され、農家や製茶メーカーによる品種選定の参考にされています。詳細は農研機構技術報告17を参照。
5-3. 新規登録品種の一覧例
以下は、2023〜2024年に新規登録された新品種の一例です:
| 年 | 品種名 | 特性概要 |
|---|---|---|
| 2023年 | 2023N 530 | 試験栽培段階;風味・耐病性向上を目指す |
| 2023年 | 2023N 411 | 同上 |
| 2024年 | 2024N 515 | 高EGCG含有、耐病性、耐高温性に優れる |
| 2024年 | 2024N 425 | 同上 |
(※各品種の詳細な特性は今後の試験結果により明確化予定です) Yoshinoen18
今後の紅茶用茶樹品種開発においては以下の課題が重要です:
- 品種登録情報の公開促進
- 各品種の特性や栽培状況についての情報を広く公開する必要があります。
- 産地別品種マップ作成
- 各地域で育成されている品種の分布を視覚化し、農家や消費者が選択しやすい情報提供が求められます。
- 官能評価基準の統一化
- 現行の官能評価制度の見直しと統一的な基準の確立により、品種間の比較が容易になることが期待されます。詳細は日本茶インストラクター協会19を参照。
本レポートでは、日本で開発された紅茶用の茶樹品種について、登録品種の一覧、基本特性、全国各地の栽培状況、食品化学的分析、官能評価および最新の新品種開発動向について包括的に整理しました。
主な結論としては:
- 各育種機関が独自の育種方針に基づき、病害抵抗性、気候適応性、風味向上を目指した品種改良を進めています。
- 生産統計では、静岡県・鹿児島県を中心に茶栽培面積は安定または微減傾向にある中、新品種の作付比率が拡大しています。
- 食品化学的分析では、EGCGやテアニンなどの成分が各品種の風味に大きく影響していることが明らかです。
- 次世代育種プロジェクトでは、気候変動対策、高EGCG、耐病性品種の開発が急務となっており、今後の展望は明るいものと期待されます。
【参考URL・資料】
- 農研機構品種登録データベース1
- 静岡県農業振興課統計資料6
- 農林水産省統計資料4
- J-STAGE 論文10
- Re:leaf Record13
- Yoshinoen (茶生産ニュース)18
- CT Tea Information20
まとめ
- 日本では、はると34 (2020年, 宮崎県育成)、さえみどり (1991年, 農研機構育成)、ゆめかおり (2006年, 宮崎県育成) など、各育種機関が多様な育種方針に基づいて紅茶用茶樹品種を開発しています。
- 令和5年度の統計によると、全国の茶栽培面積は36,000haに達しており、主要地域は静岡県(13,300ha, 37%)と鹿児島県(8,140ha, 23%)です。
- 育種トレンドは、2000年代の病害抵抗性向上、2010年代の香気成分強化、そして2020年代の気候変動対応など、時代ごとの特性が反映されています。
- 主要な化学成分の比較では、例えばはると34は平均EGCG 14.3 mg/g、テアニン 4.12 mg/g、ゆたかみどりはEGCG 11.5 mg/gを示し、各品種の風味に大きな影響を与えています。
- 官能評価では、サンルージュ(評価4.5点)、べにふうき(評価4.0点)、かなえまる(評価5.0点)など、各品種の香気・味覚プロファイルが詳細に比較分析され、個性が明確にされました。
- 次世代育種プロジェクトでは、高EGCG (150 mg/g) の育成、耐病性・耐高温性の改良、そして官能評価と化学成分の相関解析が進行中で、今後の発展が期待されています。

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